びずまんぶろぐ

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ロサンゼルスで働く意識低い系ビジネスマンのブログ。株式投資や生活についてつぶやきます。

Excuse me が言えない日本人


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びずまんです。

 

アメリカ・ロサンゼルスから日本に帰ってきて以降、すごく気になってることがあります。

 

それは、日本人が知らない人に対して「すみません」と滅多に言わないこと。

 

これね、本当に嫌なんですよね。

特に東京はひどい。

 

先日の出来事

先日の土曜日に電車に乗ってたとき、僕の目の前に4人家族が立っていました。

僕が扉付近の扉の端っこと座席の角にいて、その4人家族がちょうど扉と反対側の扉の間くらいにいたでしょうか。

 

車内はというと、座席は埋まっているけれども立っている人はまばらで、そこまで混んでいる訳ではない、といった程度。

4人家族の構成は、お父さんとお母さん、そしてお母さんに手を繋がれている4歳くらいの女の子とお父さんに抱っこされている2歳くらいの男の子でした。

 

女の子とお母さんが喋っているやりとりを、あぁいいなぁ、可愛いなぁ、なんて思いながら横で見ていました。

僕ももうすぐ親になることもありますし。

 

と、そこに隣の車両から移ってきた40〜50代の男の人と女の人が。

結構な勢いで歩いてこっちに向かってくるな、と思ってみていたら、その家族のお母さん+女の子ペアとお父さん+男の子ペアの間をズカズカと突破していきました。

かなりの勢いかつ突然の出来事だったため、お母さんや女の子にもガンガンとぶつかっていって。

それでも何も言わずにそのままズカズカと通り過ぎていったもんだから、その家族はあっけに取られて、しばらくその男の人と女の人を見つめた後、お母さんはハッと我に返ったように女の子に「大丈夫?」と声をかけていました。

 

その後、お母さんはまたジッとその通り過ぎていった男女の後ろ姿を見つめたまましばらく固まってしまっていましたが、少ししてから戸惑いながらも旦那さんと普通の会話を再開していました。

 

僕も呆気に取られながらもその一部始終をみていて、怒りのような悲しみのような、なんともいえない気持ちになりました。

というか、自分の子供がそんな目にあったら、ブチ切れてその男女を呼び止めていたかもしれません。

 

そのお母さんももしかしたら同じような気持ちだったかもしれせん。

でも、あまりにも異様な出来事に「もしかしたらあの男女は変な人だから関わらない方がいい」とか「あの人たちは何か障害や病気があって仕方ないことなのかも」といった考えが働いたのかもしれません。

 

日常的に起こる同様の出来事

この一例はかなりひどかったものですが、ここまでひどくないにせよ、同様の出来事は本当に日常的に起こります。

満員電車で無言でぶつかりながら人をかきわけていく人、駅のホームで後ろから追い抜かしざまにぶつかってきた上に謝りもしない人、扉が空いて降りようとしているのに全く避けずにまっすぐにぶつかってくる人。

 

過去の記事でも少しネタにしましたが、特に東京は本当に多くて、僕もちょっと本気で戸惑っています。 

bizman.hatenablog.com

 

これ、でもね、こんな狭ーい日本では、一人一人が意識しないと改善できないんじゃないかな、とも思うんですよね。

だから、これを読んだ人だけでもせめて意識を変えてもらいたいな、と思ってこの記事を書いているのです。

 

というのも、僕も昔は意識できていなかった人間だからです。

アメリカに住んでいた時に体験したとある出来事が起こるまでは、そんなことで周りの人が不快に思う可能性がある、ということをすっかり忘れていました。

 

日本はもともと国土が狭いくせに、東京、大阪、などに人口が集中しています。

さらに、いまだに会社や学校が始まる時間もほとんど一緒なもんだから、「通勤ラッシュ」なんてもんがあり、そのせいで日本人は狭い場所に人が行き交うことにとても慣れています

言い換えれば、一人一人のパーソナルスペースが狭いし、他人のパーソナルスペースを犯すことに対して、そこまで特別意識を持っていない。

あまりにも狭い場所で人が行き交っているもんだから、他人のパーソナルスペースを犯さないと生活できないですからね。

ずっと大阪で生活してきて中学生の頃から電車で通学していた僕も、狭い場所に人が行き交うことに慣れていた一人でした。

 

でも、こういったことに慣れている人って、全世界的に見ればものすごく少数派なんですよね。

決して当たり前じゃないんです。

僕にそれを気づかせてくれたのは、ロサンゼルスのとあるスターバックスで出会ったおばさんでした。

 

僕の意識を変えるきっかけになった出来事

ある日、コーヒーを買おうとスターバックスに入った僕は、コーヒーを買う前に少しトイレに行きたくなったので、店の奥にあったトイレに向かって歩いていました。

レジには何人かの人が並んでいて列ができていたんですが、店の奥に行くためにはその列を横切って行かなければなりません。

ちょうど少し隙間が空いていた箇所があり人にぶつからずに通り抜けられそうだったので、僕はそこを横切りました。

難なく誰にもぶつかることなく通り抜けることができたのですが、その瞬間に、その列に並んでいたおばさんに

「Hey!」

と呼び止められました。

まだアメリカに行って間もない頃だったので、呼び止められたことにドキッ!とした僕がそのおばさんの方を見ると、おばさんはとても怒りながら

「You have to say "Excuse me"!」

と僕に言ってきました。

「こういう状況では"すみません"と声を掛けて通らないとダメよ!」と。

最初は何を言われたのかわからず、ただただ怒らせてしまったことに「I'm sorry...」と言って足早にトイレに向かってしまいました。

 

この出来事はいまでも僕の心の中に残っているくらいで、それからというもの、他人のパーソナルスペースに対する意識はとても高くなりました。

アメリカ、少なくとも僕のいたロサンゼルスでは、周りの人も同じような状況では必ずと言っていいほど「Excuse me」「Excuse us(通り過ぎる人が複数いる場合)」と他人に声をかけていました。

他人のパーソナルスペースを犯すことは、少なくとも声をかけて許しを得るべき行為なんだ、という認識をみんなが持っている、ということです。

 

それを教えてくれたおばさんには、今は感謝の思いしかありません。

 

「すみません」と声を掛けあおう

確かに、日本はアメリカなんかと比べればあまりにも狭すぎます。

フレックスタイム制度のおかげで、東京にいながらにしてなんとか満員電車を逃れられている僕も、もし満員電車で毎日通勤していたらすぐに気が狂ってしまうだろうな、と思うくらいです。

そんな中で、他人を思いやる気持ちなんて持てなくなってしまうのもわからなくもない。

 

でも、だからこそ、意識だけでも変えていかないといけないんじゃないかな、と思います。

 

駅で外国人観光客を見かけた時、僕は日本という国を誇れません。

どうかぶつかられたりすることなく、嫌な思いをせずに、楽しんで帰ってほしい、と思ってしまいます。

 

日本は礼儀正しい国、素晴らしい国、という幻想は、もう捨てましょう。

まずは「すみません」の一言から、礼儀正しさを取り戻しましょう。

 

今日のところは、このへんで。