びずまんぶろぐ

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ロサンゼルスで働く意識低い系ビジネスマンのブログ。株式投資や生活についてつぶやきます。

アメリカに来て1年

たわいもない話

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どうも、びずまんです。今日で、アメリカに来て丸1年が経ちました。

 

ここ最近、人生についてよく考えます。
この先どうやって生きていこうかな、とか。
まあそういうことなんですけど。

 

アメリカに来て、

「みんなそれぞれに違ったストーリーがあるんやな」
とか、
「いろんな考え、生き方があるんやな」
とか、そういうのがようやくストンと落ちた感じがします。

 

この間、アメリカの教育と日本の教育は何が違うのか、という話を聞いたときに、ああなるほどな、と思ったことがあって。それは、日本の教育は「もとからある正解」を出すための教育で、アメリカの教育は「何が自分にとっての正解か」を見極めるための教育である、という話だったんですが。

どういうことかというと、アメリカでは、宗教も国の背景も人種もいろんなバックグラウンドが違う人たちが「自分がどう思うか」を発信しあって、当然のように「自分の正解」と「他人の正解」が違うことを認識しあって、「他人の正解」の中にも「なるほど、一理ある」ということを教育の中で学んでいくんだそうです。

 

一言で言うと、多様性、なんかな。なんか違うな。
多様性を認識しながら、自分の個を確立する、て感じ?

 

なんというか、日本にいたときは、他人と違う意見を持つことに対してすごく違和感を覚えていたというか、他人と違う意見を持ったらあかんのかな、みたいな感覚があったんですけど。

それが今、意見違うかったら喧嘩したらええやん、とか、むしろ意見違うほうがええやん、とか、まあそういう生き方もあるわな、とか、そういう風に考えるようになってきて、ああ、アメリカ人ってこういう考え方するんだな、と思ったりするわけです。

言っておきますが、アメリカのほうが全面的に良い、とか、優れてる!てわけではないですよ。日本最高!の部分もやっぱりあります。でも、教育面とか、考え方とかは、見習う部分はすごく多いな、と思います。

 

そういう中で、日本での「群集心理」みたいなものを追従しなければいけない強迫観念みたいなものって、どうなの?と考えるわけですよ。

 

まだ自分の中では答えはぜんぜん出ていないのですが、人生について真剣に考える時期に来てるんじゃないかな、と思う28歳の夏です。

ロサンゼルスも暑くなってきました!