びずまんぶろぐ

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ロサンゼルスで働く意識低い系ビジネスマンのブログ。株式投資や生活についてつぶやきます。

20代で年収が600万円から1000万円以上にジャンプアップして思うこと


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びずまんです。今日は、年収の話をします。

 

僕は日本で働いていたときは世間的に言えば「中の上」くらいの給料を貰って働いていました。残業代、ボーナスもろもろ含めて、金額にすると大体額面600万円くらい。20代後半でこれを「中の上」と言っていいのかどうかわかりませんが、個人的な感覚では少なくはないけど、もっと貰ってる人いくらでもいるよね、て感じでした。

ただ、他のもっと貰っている人たちに比べれば全然仕事量も少なく、「コストパフォーマンス」ならぬ、「サラリーパフォーマンス」で言えば、かなりいい方なのでは、と思いながら、それなりに満足して働いていました。

一人暮らしをして、食べたいものも食べて、それなりに遊んで、買いたいものは買ってました。貯金はほとんどしてませんでしたが、特に困ったこともありませんでしたね。

 

で、アメリカに赴任することになり、まあ当然、住宅手当だ海外手当だなんだ、と従来の給料に色がつくことになり、ざっくり言うと、年収が日本でのそれと比べて大体2倍くらいになりました。

とはいえ、物価は高いわ(一回飲みに行くと最低でも一人50ドル、普通に呑んだら100ドルはします)、家賃は高いわ(月々どんなに安くても1,300ドル、まともな駐在員は2,400ドルくらいのとこに住みます)、為替は変動するわで、日本円に換算した金額を日本と同じ金銭感覚では判断できないのですが、それでも、実感として手取りは結構増えた気がします。

 

で、思ったこと。

 

「別に年収が増えたところで幸せになるってことはないな」

 

いや、わかりきってたことなんですが!

これがもうまったく幸せになったとかそういうことはない。

 

02年にノーベル経済学賞を受賞した米プリンストン大学の心理学者、ダニエル・カーネマン教授の研究では、感情的幸福度は年収75,000ドル(約900万円)までは収入に比例して増えるが、それを超えると比例しなくなるとか。一説によると、年収700万円程度が幸福度のピークだとか。

ともかく、年収と幸福度は比例しない、という研究や調査結果がいたるところで発表されているんです。

 

日本にいたときの僕は

「年収1,000万円くらいにならないかなー」

とか

「手っ取り早くお金増えないかなー」

とか考えてました。なぜなら、そうすればもっと幸せになれるのではないか、と思っていたから。

でも、今現在、特に幸福度が増した、ということはなく、全く同じことを思い続けています。何か欲しいものがあるわけでもなく、何かしたいことがあるわけでもありません。ただ、「もっとお金が欲しい」と、理由もなく今でも同じように思い続けているんです。

 

お金が増えると幸せなのか

で、改めて考えてみたんですが、「困らない」のレベルまでいくと、ほとんどお金と幸せって関係無いんだな、と気づきました。むしろお金を持ってないほうが、幸せなこともあるんじゃないかな、と思うくらい。

島田紳介が昔言ってたことで、こういう話がありました。

 

「娘がミスチルのCDを買ってくれ、と頼んできたけど、買わんかった。『そこらへんのお姉ちゃんにやったらいくらでも買ってあげるけど、お前には買わん。俺が買うてあげたら、お前が欲しいものを手に入れる喜びを奪ってしまう。』と言ったんや。それで、娘は必死に小遣い貯めて、やっとCD買えたときに、嬉しそうに『おとんの言ってた意味がわかったわ!』て言うてきた。」

 

おなかがすいてるときに食べる、なんでもない食べ物のほうが、満腹のときに食べる高級料理よりもおいしいと思いませんか。

あらゆる幸福は、ある程度の「飢餓感」があったほうが、よりいっそう強く感じられるんじゃないかな、と思います。

つまり、欲しいもの3つあって、すべてをすぐに手に入れられる状況よりも、1つをボーナスのときなど、特別なときにしか手に入れられない状況のほうが、もしかしたら幸せなんではないかと思うんです。

 

「お金」と「幸せ」は関係ない、とは思いません。

でも、「幸せ」になるための方法の中で、「お金」はそれほど有効でもないんじゃないかな、という話でした。